英語学習を習慣化する話でよく持ち出されるたとえがあります。それは、『ハミガキのように毎日繰り返すことで勉強が習慣化できる』というものです。これって何か出展があるのでしょうか?本当によく耳にします。
しかし、からせみはこの例えを聞くたびに、違和感を感じています。『ハミガキが習慣化すると、毎日ハミガキをしないと違和感を感じるので、毎日必ずできるようになる』というのは確かに正しいと思います。でもそれと英語多読をしなかったときに感じる気分の悪さは同じなのでしょうか?
義務感ではなく、ハングリーさが大切
英語多読が習慣づくと、読まない日はすごく違和感を感じます。ところが、この違和感はハミガキしない違和感とは違うと感じています。毎日やらなきゃいけないっていう義務感ではなく、ハングリーな感覚と言えば伝わるでしょうか?ハミガキの習慣って、わりとやっつけ仕事になりがちですよね?でも、英語多読は知識や感覚的な空腹を満たしてくれる手段です。ハミガキの習慣より、空腹を満たすために食事をする習慣?の方が、当然強いですよね?
からせみの友人で、筋トレを頑張っている人がいます。その人は休日にトレーニングルームに足しげく通って、本当に筋肉隆々な人です。この人は5年以上前から、勉強を習慣づけようと毎日教科書を持ち歩いていてまれに勉強している姿をみかけるのですが、、、残念ながら筋トレに投下する時間に比べると圧倒的に時間が少なく(見てて10分の1もないと思います)、本人も忍耐が続かず机に長時間向かっていられないことを認めています。この友人はもともと運動が好きで、空手の道場にも通っていたことがあります。この人を見ていると、トレーニングにはハングリーさを感じているけど、でも、勉強はハングリーさがなく、現状ではハミガキよりも弱い習慣にとどまっていると感じています。
英語多読仲間を見ていても、量だけを淡々とこなそうとした人は、だんだん読む量が減っていき、習慣が途切れて休憩に入るパターンが多いと感じています。
ハミガキは楽しくなくて、工夫もそれほどしないと思います。では、食事やオシャレはどうでしょうか?ハングリーさが大切です!
ハミガキは2分。でもオシャレには1時間!