『他人と自分を比較しない方がいい』と言われることがよくあると思います。自分のペースで継続するうえでこの助言は正しいと思います。しかし、からせみは他人との比較することが英語多読や多聴多観を長く続ける助けになるとも考えています。今回は比較してはダメなこと、比較していいことについて書いてみます。
1.他人と比較しないことの利点【成果量/成長速度を比べない】
どうして他人と比較してはいけないのでしょうか?一番の理由は、『他人に目が行くことで自分に合ったペースを崩してしまい、挫折やスランプにつながる危険性がある』ということだと考えています。成果量/成長速度を比較した場合、自分が誰かに遅れていると、ネガティブな考えが広がってきます。そして、焦って無理な努力量で英語多読や多聴多観をしてしまえば当然、モチベーションと効率が下がり、挫折につながってしまいます。ライバルがいた方が成果が上がるという人がいます。こういう人は競争を楽しんで、自分のできる努力量の中で努力しているのが前提だと考えています。また、最初は伸びが遅いにもかかわらず、長期的に見たら伸びしろが非常に大きい方法などもあるので、その観点からも短期的な成長速度にばかり目が行くのも良いとは言えません。自分に合ったペースを見つけて日々歩み続ける。これが理想的です。
2.他人と比較することの利点【分析とコラボレーション】
では、比較することの利点は何でしょうか?それは、やり方の違いを分析して、真似てみたり、改良してみたりすることです。他人と比較せずに読み続けた場合、どうしてもマンネリ化して飽きがきてしまいます。しかし、他人のやり方と自分のやり方をコラボレーションさせて、改良したり真似したりして色々変えていくと、マンネリ化なんてしている暇はありません。英語多読でも多聴多観でも、やり方は人によって違います。英語多読では、本を読む場所、読む速度、辞書の引き方、時間の作り方、使っている道具、休憩を取らずにどのくらいの時間継続して読むか、挙げだしたらキリがありません。そして、自分のせまい経験だけでは発見できなかったことを次々に見つけて、結果的にはるか先を行っている人との距離を縮める手がかりを次々と見つけていくでしょう。ただし、注意が必要なのは、自分の軸を持つことです。英語多読をしているはずなのに、文法、英文解釈、英文暗記、単語帳などと様々な学習法に手を広げていってしまうと、当然、英語多読から疎遠になっていって、帰ってこられなくなるかもしれません。なので、あくまで英語多読という主軸を外さない範囲でできる点に絞って参考にしていく必要があります。つまり、何を捨てて、何を選ぶか、が重要になります。この選択で誤りを多く犯しすぎると、長く足踏みをするはめになってしまうでしょう。この比較から来た判断の良し悪しは、その人の実力の到達点という形で現れてくるので、本当に自分との戦いです。
3.あきらめるのが当然か?あきらめないのが当然か?
『成果量/成長速度を比較せず、自分のペースで続ける』『比較して、分析して、コラボレーションする』この二つに共通することがあります。ちょうどいい題材で、『空の境界』というアニメのなかでこんなお話が出てきます。
蝶が飛んでいると、トンボが追い越していった。蝶はトンボに追い付こうと必死に羽ばたいたけど、やっぱり無理で、すぐに地面に落ちていった。浮かぶように舞っていたなら蝶はもっと長く飛んでいられたんじゃないかな?でも、飛ぶということを知った蝶は、飛んだ。浮くのをやめたんだ。
このお話は、浮かぶように舞っていることを推奨しているようにも、必死に追いつこうと羽ばたくことも肯定しているように聞こえます。からせみの解釈では、いつも追い付こうと必死に羽ばたく蝶は『あきらめないのが当たり前』で、浮かぶように舞い続ける蝶は『あきらめるのが当たり前』。この二つの姿勢って、英語多読にしても勉強でも他の趣味でもすごく大きな差につながると思うのです。他人と比較しすぎると、精神衛生上良くないことが多いのですが、しかし、他人と比較せずに自分のペースで続けるのにも『あきらめないのが当たり前』のマインドが必要になるのではないかと思うのです。ここの解釈のズレがときおり気になるので、今回の記事を書かせていただきました。

疲れたらちょっと休んで、何度でも飛ぼう!